2009/12/23

メサベルデ、断崖に住んだ謎の民族の記憶

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午前中、キャニオン・デ・シェイのスパーダーロックが見える展望台を再び訪ね、昼食を食べてコロラド州にあるメサベルデ国立公園へ向かった。

アメリカの国道を走るのも、だんだんと慣れてきた。コルテスの街から20分ほどでメサベルデ国立公園のゲートに到着。入場料は無料、そこで地図をもらって中に入ると正面に、見事な巨岩が見えた。

しばらく坂道を上ってゆくと日陰部分に雪が残っている。注意しながらクリフ・パレスへ向かった。しばらく走ってゲートへ到着。しかし、ゲートは閉まっていた。道には30cmほどの雪が積もっていたが、入口に車を停め雪道を歩くことにする。スノーモービルが走った跡の溝を滑りながら歩いて行く。

30分ほど歩くと、クリフ・パレスとかかれた看板が見えた。雪道を少し下ると、断崖の下に巨大な遺跡が見てきた。

それにしても凄い部屋の数だ。ちょうどその時、太陽が岩山へ沈みかけようとしていた。

私は、しばし断崖の下の宮殿跡にシャッターを押しつづけていた。


 コロラド州の南西部にあるメサベルデは、今から1400年ほど前のアメリカ先住民の遺跡があり、その遺跡が巨岩の断崖を利用して作られていることからどうしても訪ねたいと思っていた。


メサベルデとは、スペイン語で「緑のメサ(テーブル、或いは大地)」を意味する。西暦550年頃、独特な地形を持つメサベルデに住んだ先住民がいた。遊牧民だった彼らは、ここでトウモロコシや豆、カボチャを作り農耕生活を始め、籠を編む技術を持っていた。1100年頃になると人口も増え、石の壁に囲われた宗教施設キバが建てられた。1200頃、突然彼らはメサの上の住居を放棄して断崖の洞窟での生活を始め、その時、砂岩の石のブロックで断崖住居を造ったという。やがて1300年代後半、彼らはこのメサベルデを放棄して去って行く。その理由は分からない。

キバの構造から、その子孫はプエブロ族(ホピ)ではないかと考えられているという。

このメサベルデはアメリカで唯一の自然遺産以外の国立公園であり、尚且つアメリカで最初(1978年)にユネスコの世界遺産に登録された場所である。


 翌日、再びメサベルデを訪れる。ピットハウスと呼ばれる住居遺跡は、日本の縄文住居跡と似ていた。また、キバと呼ばれる祭祀空間は、深さ3mほどの円形状で東西南北が分かる構造になっていた。

 メサベルデは、冬季は遺跡の内部を見学する事ができない。しかし、この大地に生活していた人々が、巨岩である断崖に住んでいたことは実に興味深い。帰りがけ、メサ(大地)からロッキー山脈が見てきた。


先住民の人々も、この美しい同じ風景を見ていたに違いない。


アメリカ、アリゾナ州、カエンタにて

須田郡司 拝